今と未来

Byhb

6月 29, 2021

集大成としての自分

“今”というのは“過去の集大成”と言われるように、過去に決意し行動に移してきたことの結果として今の自分の立ち位置があり、過去に選択したことと選択しなかったことの結果が、今の自分の知性や感情、意志を刺激しながら、自分の軸をつくり、生き方に影響を与えてきたのです。そう考えると、今の自分が決意して行動し、選択して選択しないことが、未来の自分の軸となり、生き方に影響を与えていくことになる訳ですから、未来の自分を変えるのは今の自分であり、今の自分の集大成が未来の自分に繋がることを意識することが大切です。

波がある今の自分

とは言え、未来の自分をイメージし、イメージを計画に落とし込み、計画通りに行動することができるケースは恐らく稀なことで、紆余曲折を経ながら、時に立ち止まり、時に回り道をし、時に逆戻りし、周囲の人々に手を借り、アドバイスをもらいつつ、日々様々な選択肢に迫られるなかで、感情や体調にも左右されながら、時に厳しく、時に甘く、即断したり、先延ばしをしたり、今の自分というものには波があり、ブレない軸というものがあるとは言えない振れ幅のなかでの最適解を模索するように、とどまることを知らない波に逆らえないまま、うまく波に乗ることも必要なのかも知れません。

コントロールできるものとできないもの

つまり、自分ではコントロールできるものとできないものがあり、できるものに対しては、目指す理想やイメージに近づくために努力や工夫をするために、計画・実行・評価・改善を積み重ねていけばいいのですが、できないものに対しては、運とか縁とか、時代の流れなどと捉え、まずは受け入れてみる、流れに身を任せてみることで、予想外の展開や想像以上の結果を生み出す可能性があるものの、それが吉と出るか凶と出るかがわからないというリスクがあることを覚悟する必要があるのです。

適正なリスク

リスクはリターンと表裏一体と言われますので、“リスク=危険”ということではなく、失敗とか損失とか、詐欺とか裏切りとかに遭遇する可能性がある反面、成功とか利益とか、信用や信頼を築き上げることに繋がり、人生を好転させる可能性も秘めているということになります。そういう意味では、まずはリスクを受け入れてみないことには、どのようなリターンになるかの結果がわからないものの、大きなダメージを受けて立ち直れなくなっては意味がありませんので、自分にとっての適正なリスクの取り方やリスク許容度に意識を向けることも大切です。誤解を恐れずに言うならば、適正なリスクとは、背水の陣で臨むのではなく、常に逃げ道を用意しておくようなものです。

融通無碍に変化

自分ではコントロールできないものに対しては、まずは受け入れて、流れに身を任せざるを得ない面はありますが、受け入れて身を任せるなかで、その後の自分がどう対処していくのかについては、いくつもの選択肢をもつことができるのです。そこで大きな賭けをすると、再起不能になる可能性がありますので、常に逃げ道を用意し、複数の選択肢を想定して、こうなればこうするとか、そうくればこうするとか、コントロールできないものの出方次第で、自分自身を融通無碍に変化させることができればいいのですが、言うは易く行うは難しで、そうなれればいいなというのが今の立ち位置です。。。

明日という身近な未来に

今は過去の集大成、明日は今の集大成、昨日は過去で、明日は未来という日々のなかで、いつピリオドを打つかもわからない人生100年時代に、遠い未来の心配をしたとしても、結局のところ、1年後の自分すらどうなっているかはわからないのも事実です。それならば、長期的な視点を持つことは偶にして、せめて今目の前に為すべきことに精一杯取り組み、明日という身近な未来に、今の自分よりワンランク上を目指す感覚を積み重ねつつ、自分にしか歩めない自分の人生に自分の足跡を残しながら、我が人生に後悔なしと1日の終わりに言えるようになりたいものです。

By hb